レッスン1

データの可用性とプライバシーの課題

本モジュールでは、モジュラー・ブロックチェーンにおけるデータ可用性の概念について解説し、それがロールアップに不可欠である理由を明示します。従来のパブリックデータ可用性レイヤーには、すべての取引データが公開されることで、企業や規制産業にとってプライバシー面のリスクが生じるという限界が存在します。本モジュールではこうした課題に加え、プライベートロールアップの登場と、なぜ現段階で暗号化されたデータ可用性が必要となっているのか、その理由についても明確に解説します。

データアベイラビリティの理解

データアベイラビリティは、現代のモジュラーブロックチェーンやロールアップアーキテクチャの根幹を成す原則の一つです。簡単に言えば、ブロックチェーンの状態遷移を検証するために必要な全てのデータが、ネットワークの検証を希望するすべての人に対して公開されているという保証を指します。データアベイラビリティがなければ、ユーザーやバリデータはチェーンの状態を復元できず、不正の発見やシーケンサーの誠実な挙動の検証も困難です。特にロールアップにおいては、実行を別レイヤーに委託しつつセキュリティをベースレイヤーに依存するため、データアベイラビリティが極めて重要な役割を果たします。もしベースレイヤーに取引データが正しく投稿されず保持されてしまった場合、ユーザーは資産の引き出しや所有権の証明ができず、ロールアップの信頼モデル自体が崩壊します。

BitcoinやEthereumなどの従来型モノリシックブロックチェーンでは、コンセンサスプロセスにデータアベイラビリティが直接組み込まれ、すべてのノードが全取引を保存・伝播します。一方、モジュラー設計ではこの責務を分離し、Celestia、Avail、EigenDAなどのデータアベイラビリティ専用レイヤーを導入しています。これらのレイヤーは、大容量のトランザクションブロブを効率よく公開できる帯域最適化型ソリューションを提供し、イレージャーコーディングやデータアベイラビリティサンプリング等の暗号技術を用いることで、ライトクライアントでも全データをダウンロードせずに公開状況を検証できる仕組みを実現しています。このような設計転換により、Ethereumのベースレイヤーで直接データを管理する場合と比べ、大幅なコスト削減やスケーラビリティ向上が可能となり、ロールアップエコシステムの拡大を加速させています。

一方で、現行のデータアベイラビリティソリューションが持つ公開性には本質的な課題も存在します。つまり、投稿された全てのデータが誰にでも閲覧可能になるという点です。この設計はパブリックロールアップや消費者向けアプリケーションに適合しますが、企業や規制機関、プライバシー重視の用途にはクリティカルな障壁です。機密情報や独自ビジネスロジック、ユーザーデータをパブリック台帳上に開示すれば、秘密保持契約や法令順守を損なうリスクがあります。検証可能性とプライバシーの両立という課題こそが、暗号化データアベイラビリティ技術の開発を後押ししています。

既存データアベイラビリティレイヤーのプライバシーギャップ

ほとんどのデータアベイラビリティレイヤーは、透明性が不可欠であるという前提で設計されています。この方針は分散性や監査性を高める一方で、チェーンを監視する誰にでも生取引データを公開してしまうリスクがあります。アプリケーションレイヤーで一部のペイロードを暗号化した場合でも、取引順序、発生頻度、サイズなどのメタデータは公開されたままであり、ユーザーの行動や組織の動きを推測される恐れがあります。例えば、金融機関がロールアップを内部決済で利用する場合、単なるブロブ提出の様子から取引タイミングや規模の傾向を外部に把握されてしまう場合があります。

このプライバシーギャップは、厳格な規制を受ける業界で特に深刻です。患者記録を扱う医療アプリケーション、個人識別情報を保存するアイデンティティソリューション、独自サプライチェーンデータを管理する企業向けERPなど、いずれも情報漏洩は許されません。データを仮名化しても、平文で投稿すればHIPAAやGDPR、各国のプライバシー法令に抵触します。そのため、ロールアップやモジュラーデータアベイラビリティレイヤーの高いスケーラビリティにもかかわらず、十分なプライバシー保証が欠如している現状では、多くの業界が導入に踏み切れない状況です。

モジュラーブロックチェーンとプライベートロールアップの登場

モジュラーブロックチェーン設計の台頭は、スケーラビリティや機能拡張のあり方そのものを刷新しました。このアーキテクチャでは、実行・決済・データアベイラビリティという3つの主要機能をそれぞれ独立したレイヤーで分担しています。ロールアップはトランザクションをまとめて圧縮証明として決済レイヤーへ提出する実行環境として機能し、データアベイラビリティレイヤーはそのトランザクションデータの検証可能性を担保します。この分離により各レイヤーは専門化され、従来型モノリシックシステムに比べて高い処理能力と低コスト化を実現します。

このモジュラーモデルのもと、OptimismのOP Stack、Arbitrum Orbit、PolygonのChain Development Kit、zkSyncのZK Stackといった新たなロールアップフレームワークが登場しました。これらは、ゲームや消費者向けアプリ、機関金融など用途別に最適なカスタムロールアップを構築するための再利用可能な基盤を提供します。しかし、多くのフレームワークが標準でパブリックなデータアベイラビリティを想定しており、機密性を求めるプロジェクトにとって重大な課題が残っています。

この課題が、「プライベートロールアップ」という新しいアプローチの登場につながりました。プライベートロールアップは、実行や決済という点では標準的なロールアップと同様に動作しながら、トランザクションデータやステートコミットメント、さらにはデータアベイラビリティレイヤーなど複数の側面でプライバシーを実現します。具体的には、データアベイラビリティレイヤーに投稿されるデータを暗号化することで、認可された関係者だけが取引履歴を復元できる仕組みを導入しています。これにより、企業はパブリックロールアップと同等のスケーラビリティや相互運用性を享受しつつ、事業運営に不可欠な機密性も両立できます。

今なぜデータアベイラビリティにおけるプライバシーが重要なのか

暗号化データアベイラビリティへの取り組みは、理論的な研究ではなく、実用面の課題を直接解決するものです。過去2年で、大手金融機関や医療機関、行政機関がブロックチェーンの実証実験を数多く進めてきました。分散型インフラのプログラマビリティや透明性は高く評価された一方、機密データがパブリック台帳で公開されることでコンプライアンス上の障壁も顕在化しました。その結果、テスト環境に限定されたり、社内データ取り扱いポリシーを満たせず採用が見送られるケースも多々ありました。

同時に、ブロックチェーン業界はモジュラー化が進行中です。データアベイラビリティが独立レイヤーへと発展する中、その基盤段階でプライバシーを導入できる機会が到来しました。暗号化データアベイラビリティにより、ロールアップのセキュリティや不正検証機能を維持したまま、監査人・規制当局・取引先といった特定の関係者にのみ選択的開示を実現できます。このような選択的可視性は、透明性が必要な参加者と秘匿性を要求する参加者が混在するハイブリッド型パブリック・プライベート用途にとって不可欠です。

さらに、主要DAソリューションが近くアップグレードされる点も重要です。例えばAvailのEnigmaアップグレードは、検証可能な可用性証明付きでネイティブ暗号化されたデータブロブを導入し、この概念の初めての本番適用例となります。EigenDAやWalacorも同様の機能を開発中であり、プライバシー重視型のデータアベイラビリティが業界標準になる競争環境が生まれています。モジュラーエコシステムの成熟とクリプト以外の分野への普及が進む中、暗号化データアベイラビリティは企業や行政用途に向けたロールアップには不可欠な基準となるでしょう。

免責事項
* 暗号資産投資には重大なリスクが伴います。注意して進めてください。このコースは投資アドバイスを目的としたものではありません。
※ このコースはGate Learnに参加しているメンバーが作成したものです。作成者が共有した意見はGate Learnを代表するものではありません。